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書きはじめたい人のための作家インタビュー エピソードVII:マリアナ・エンリケス

マリアナ・エンリケス:子どもの頃の恐怖、記者としての腕、そして取り憑かれるものとしての文学。

Por Roberto Chuit Roganovich · 27 oct. 2026 · 19 min

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文学に関わってきた私の短い経験から言うと、人は「書きたい」と思うものじゃない。書くか、書かないか。That's it。それは厄介な重荷のように、耳元にぶら下がった耐えがたい幽霊のように作用して、こちらを無理やり座らせ、Wordを開かせ、キーを叩かせる。とはいえ、自分の感覚を一般化するのは無責任だし、そういうアホっぽい短絡的な結論の飛躍は避けたい。だからたぶん、ちょっと背中を押してもらえれば助かる人も、ちゃんといるんだろうと思う。

そこで、これから書き始めたい人のための作家インタビュー連載を始めることにした。声をかけたのは、私が敬意を抱いていて、その文章になんらかの形でインスピレーションをもらっている人たちだ。彼らの答えや助言、仕事の進め方のなかに、ついに言葉をひとつ、またひとつと並べ始めるために足りなかった何かが見つかるかもしれない。シリーズ続編、今回はマリアナ・エンリケス。

サマンタ・シュウェブリンは、小さい頃、寝る前に母親に作り話を聞かせていたときに、文学には何か強い力があると気づいたと語っていた。ルシアーノ・ランベルティもやはり子どもの頃にその力を見出したという。植民地時代からランベルティ家に覆いかぶさっているという「呪い」の話をしてくれる遠い親戚の叔母がいたそうだ。二人とも、きっかけは子ども時代。あなたが、自分には物語を語る力があると気づいたのはいつ? その「力」をなんらかの形で自覚したのはいつだった?

たぶん、自分が嘘をつけば相手がそれを信じてしまう、少なくともその嘘にすごく動揺するんだ、とわかった瞬間だったと思う。子どもの頃、私はよく嘘をついていた。子どもはみんなよく嘘をつくけど。でも、すごく強烈に残っている記憶がひとつある。話すのも恥ずかしいくらいなんだけど。うちには床下に小さな、といっても結構大きな物入れがあって、昔は食べ物なんかをしまうのに使っていた。よくわからない、祖父の妙な思いつきでね。祖父はパラグアイ人で商船の船長だった。私は会ったことがないけど、物事にすごく独特な見方をする人だったらしい。そこに、その床下の物入れに何かを守っておきたかったんだと思う、知らないけど。それで私は友だちに(子どもの頃はあまり社交的じゃなかったから、友だちはすごく少なかったんだけど)、そのもう死んだ祖父がそこに埋まってるんだって言い始めた。何人かに話したら、みんなすごく怖がって、ガチでビビりまくって。それが私にはたまらなく快感だった。

嘘はそれだけじゃなかった。もっとたくさんあった。なかには、ついたことをあまり良く思っていないものもあって、それは話す気になれない。でも要は、そういう嘘が時間とともに少しずつ、もっと複雑で病的なものへと傾いていったこと。それで、物語をでっちあげることには力があるんだと気づいたの。つまり何が言いたいかというと、当時の私にとって物語を語ることは明るくも楽しくもなくて、汚染されたものだった。物語を語ることに「驚異」なんてなかった。かなり不穏な側面があったんだよね。

当時の私にとって物語を語ることは明るくも楽しくもなくて、汚染されたものだった。物語を語ることに「驚異」なんてなかった。かなり不穏な側面があったんだよね。

「話のうまい大人」がいたという点では、二人(サマンタとルシアーノ)と同じ。私の場合は祖母だった。信仰心はゼロ。まったく。祖母は二人ともね。一緒に暮らしていたほうの祖母は迷信深くて、その迷信を本当にあったこととして話していた。家族の幽霊、家族の悲劇、いつもものすごく率直に。語りがとても上手だった。聞いているこっちは呆然とするの。死んで田舎に埋められた妹の話。夜になるとその子の泣き声が聞こえたんだって。自殺したもう一人の妹の話。とんでもない話ばかり。それを全部、幻想小説すれすれのことみたいに語るの。少なくとも私の記憶では、愚痴っぽくも大げさにもならず、ほとんど珍しい出来事みたいに話していた。あれがその瞬間だったと思う。

あなたは創作講座に通ったことがない。最初の長編を書き始めたのはまだ高校生の頃。その後ジャーナリズムの世界に入り、猛烈なスピードと耐えがたい締め切りに追われることになった。つまり基本的には、書くことで書き方を覚えたと言える。それでも、これまでの編集者からもらった助言で、いまだに忘れられないものはある? 当時はくだらないと思ったけど、大人になった今では正しかったと認められる助言は?

フアン・フォルンからはたくさん学んだ。衝撃的だった。というのも、最初の長編を彼のところに持ち込んだとき、私は出版のプロセスについて本当に何ひとつ知らなかったから。作家が何をするのか、編集者が何をするのかもわかっていなかった。まったく別の世界から来たようなもの。しかもジャーナリズム学部の一年生で、「本格的に書く」ことすらまだ始めていなかった。作家の友だちもいなかったし、講座にも出ていなかった。何も、何も、何もなかった。

そのとき彼が言ったことに、すごく腹が立った。だいたいこんな感じ。「君が持ってきたこれを見ると、君たちの世代は実際にできる以上のものを見せようとしてる」。すごく傷ついた。でもそれは「私の世代」を背負って来たからじゃなくて、まったくわかってもらえていないと感じたから。私は世代のことも、断絶のことも、そういうことは何も考えていなかった。彼の頭には当時のあれこれ、Biblioteca del SurとかBabélicosとかがしっかり入っていたんだと思う。私の知らない内輪の争いね。

で、ムカついたけど、そこに残った。ふざけんなって突っぱねたりもしなかった。最初の何日かは完全に話が噛み合わなかった。でもそのうち彼が「ピンときて」、私がどこから来たのか少しわかってくれた。そこからは、もっとずっと荒っぽく、自動車整備工場みたいなやり方で作業に取りかかったの。

そこで出てきたのが例の助言で、最初に言われたこととかなり近いもの。アイデアがいいからというだけで、自分にできないことをやろうとするな、という助言。アイデアに惚れ込むな。

とくにあのときは形式に関してね。『Bajar es lo peor』の最初のバージョンでは、ナルバルのパートが全部一人称で、イタリック体で、すごくラリった調子で書かれていた。私が実際に見たことのある、そういう文章を再現したかったの。それに、その語り手が小説の「外」みたいな場所にいるのが気に入っていた。アイデアは良かったんだけど、出来上がりはひどくて、ジム・モリソンやウィリアム・ブレイクの下手な翻訳みたいだった。ひっどい。フアンに「全部三人称にしろ」って言われた。私には見えていなかった。全部平板になって、頭の中にあったぶっ飛んだ本じゃなくなると思った。でも彼が正しかった。

書きたい本に惚れ込まないで、書ける本を書くこと。それってすごいことなんだよ。つまり、書ける本を書くってこと。だって書ける本で、ものすごい本が書けるんだから。書きたい本のほうは、もしかするとすごくフラストレーションがたまるものかもしれない。挫折しないことが大事。

何らかの形で目からウロコだった創作指南本はある?

創作指南本は一冊も読んだことがない。講座を教えていた頃に、すごく基本的な練習問題をいくつか読んだくらい。たとえばガードナーのとか(『El arte de la ficción: Apuntes sobre el oficio para jóvenes escritores』のこと)。でも本自体は読んでない。巻末の練習問題を作業用に読んだだけで、やってみるとすごくいいのもいくつかあると思う。役に立つし楽しいんじゃないかな。でも正直、一冊も読んだことない。タイトルすら知らない。読んだのはそれと、エベ・ウアルトの講義録だけ。でもあれはエベだから読んだの。ただ彼女の声を聞きたくて。

文学をロマンティックに捉える考え方では、作家は自分の想像力に突き動かされて、何の杖も頼らずに書くものだとされる。ところがあなたの本はどれも、膨大なリサーチに裏打ちされている。あなたの場合、リサーチは物語の構造を組み終えた時点で終わる? それとも執筆の全過程に付き添うもの? 調べすぎてテーマへの「欲情」が冷めてしまい、プロジェクトを途中で投げ出したことは?

リサーチは執筆に付き添うもので、最後の最後、最終稿の直しまで、書いているテーマについて読み続けていると言っていい。ぎりぎりになって「あ、これだ」と思うものが出てくることもある。リサーチは執筆に付き添う。チューニングを合わせる感じ。ただ存在する資料(映画、本、口承も含めた広い意味での)を全部かき集めようとするんじゃなくて、たいていはもともと興味があったものなの。オカルトに関わる何かを書いているなら、本当にどっぷりそこにいる。映画を観て、そういう会話をして、そこで共鳴して、取り憑かれて、タロットの束をどこにでも持ち歩く。書き終えたあとも、もちろんそういう世界は好きなままだけど、そこに置いておいて次のテーマに移る。並行しているというのは、それが私の生活を乗っ取るオブセッションであり、同時に書いているものも乗っ取るという意味でね。

書きたい本に惚れ込まないで、書ける本を書くこと。

あとになって、そのフィルターはジャーナリズムのそれに少し似ているとわかった。山ほど知っておかなきゃいけなくて、その山の中から自分の役に立つ破片を見つけ出す。だからリサーチは、ある面ではすごく楽しくて、別の面ではすごく不毛なものになる。一冊まるごと読んで、見つかるのはたったひとつ、三段落だけということもある。でもその三段落を見つけるために、一冊まるごと耐えなきゃいけない。

自分の物語を抱えながら、そういう他のテクストと関わっていると、ある瞬間にカチッとくる。私の場合、そのカチッはすごく微妙なもの。でもそれでうまくいくの。

「欲情が冷める」件について言うと、書けなくなるほどのことはなかった。ただ、二作目の「本当の」長編では起きた。出版せずに破り捨てたやつ。あのときはリサーチが役に立たなかった。結局、世界観の作り込みだけがやたら濃くて、筋はものすごく薄い、小説として機能しないものになってしまった。

欲情が冷めるっていうのは、別のところで起きることだと思う。さっき話したジャーナリズムのことと関係している。

山ほど知っておかなきゃいけないのに、滴り落ちてくるのはほんのわずか。すごく消耗する。でもそれが私のプロセスだし、創作のプロセスがいつも楽しくて愉快なものだなんて期待していない。仕事なんだから。骨が折れる。いや、仕事って言うのは好きじゃない。仕事じゃない。骨が折れるの。だから、ちょっとダルい部分もなきゃいけないんだよ。

集めた情報はどうやって整理してる? 手書きのメモ? Obsidian、Notion、Miroみたいなソフト? それとも無限のWordファイルが入った無限のフォルダ?

情報の整理の仕方は、正直めちゃくちゃ面倒くさいやり方。つまり、だいたい本は全部線を引いてある。で、その線を引いた箇所をメモに書き写す。今は音声入力もできるけど、長いあいだノートと、ひたすら下に書き足していく巨大なWordファイルだった。いや、ひどいもんだよ。基本はそれ。ノート一冊とWordファイルひとつ。

視覚的に本が全部そろっていて、それを開くのが大好きなの。そこらじゅうに付箋だらけの本がある書斎っていう「古い」イメージが大好き。それを見て「なんて美しいんだろう」と思う。でもそのあと、年齢的なことが起きてくるわけ。「自分の字が読めない」みたいな(笑)。だから結局、その「美学」全体がカオスに行き着く。今のところまだなんとか解読できてるけど、正直見直さなきゃいけない。

いまだに自分の記憶力をかなり信用していて、それは良くない。もう歳だし忘れるから、変えていかなきゃ。基本的に、頭が前と同じようには働かないの。でもそう、超アナログで時代遅れ。

思いつきでrandomにメモを取ることはしない。ふと何か浮かんで「ボイスメモ」を残すなんてことはめったにない。やったときも、それっきり。あとで聴き返すことも見返すこともなかった。私のやり方じゃないの。今のやり方を続けて、記憶力が落ちてきたことに対応できるような、何かしらの秩序を加えていかなきゃ(笑)。

文学は孤独な芸術だという考えが広く浸透している。でもこれほど事実と違うこともない。いつだって三人目、四人目、五人目が手を貸してくれている。書きかけの原稿は見せる? 誰に? 見せるとしたら、執筆のどの段階で?

私にとってはね、プロセスってかなり孤独なものなんだよ。そういうふうに始めたから、最初の習慣がスイッチが入ったまま残っちゃってるのかもしれない。でも執筆中はほとんど見せない。見せるのはかなり形になってから。読み手も多くない。すごく仲のいい友だちで、作家じゃない読み手が二、三人いるくらい。

見せるのは、カッコつきで、すごく「仕事として」。理想はいつも編集者と組むことで、今はエージェントのマリア・リンチ(スペインの文芸エージェンシー Casanovas & Lynch)と仕事をしている。初稿を書き終えて「手当て」が必要になったら、マリア。そのあとAnagramaの編集者のシルビア(セセ)が読む。正直、それ以外はあまりいない。途中で? 全然。全然、全然、全然。

執筆中はほとんど見せない。見せるのはかなり形になってから。読み手も多くない。

最後には見せる。それで原稿が大きく変わることもある。マリアや友だちの誰かが読んで「what the fuck 、これ全部なんなの」とか、「なんでここから小説を始めてるの? 本当はこの最終章から始めるべきでしょ」とか言ってくることもある。そういう介入がきっかけで、大幅に変わったり、構想を練り直したり、思い切りカットしたり、思い切り膨らませたりすることもある。場合によるけどね。

ある地点までは、一人で進まなきゃいけない。そして、一人で進むその道のりはかなり長い。

他人による書き直しや修正の提案にはどのくらいオープン? フィードバックは役に立つ?

かなり。でもそれは、私が意見を求めるときには、もう板の上に立っているからなんです。必ずしもしっかり固定されてはいないけど、一応「出来上がった」板の上に。もう削ってあって、下塗りも済んでいて、とか。つまり、まだやることは山ほど残ってるけど、何かはもうそこにある。人に見せる時点で、構造も、自分のやりたいことも、色ももう決まってる。だからその段階なら、意見にはすごくオープンです。そこでなら他人を入れられる。たぶん、もっと個人的なレベルで気持ちが落ち着いてるから。どうだろう。自己肯定感の問題かもしれない。自分がペテン師だとか、他人に文章を組み立ててもらってる人間だとか、手を貸してもらいすぎてる人間だとか、そう感じずに済むように。

意見を求めるのは、自分の主導権がすごく強かった段階を越えてからです。あまりに早い段階で手を入れられたら、自分の書いた文章と向き合えるかどうかわからない。もう自分のアイデアじゃないって感じて、不安の発作みたいなものに襲われると思う。

以前、書いているときには奇妙なトランス状態が訪れるので、友人やパートナーには自分が"locked in"の状態だと理解してもらう必要があるし、そこから引き戻すのは難しい、とおっしゃっていましたね。要するにそういうことです。何時間も、何時間も、何時間も黙って作業して、メッセージにも返信せず、たぶんあまり愛想もよくなく、"out of joint"な状態でいる。書くことのために犠牲にして、いま後悔しているものはありますか?

「locked in」については、私はすごく融通がきくほうです。たとえば一日中書いていても、その夜に食事の約束があれば普通に食べに行くし、それで何の問題もない。ジャーナリズムの影響が大きいのかもしれません。あれは「手放す」ことを教えてくれるので。締め切りまでに納品しなきゃいけない原稿がある、という意味だけじゃなくて、文章がとてつもなく重要だっていう考えや、何かがまさにこの瞬間に起きていて他の瞬間じゃない、つかまえなきゃいけない抽象的な何かがあって、今つかまえなければ二度とつかまえられない、みたいな考えにいつまでもこだわるのはやめろ、と迫ってくるからでもある。

ジャーナリズムは時々、たとえ儚くて有限なものでも、逃したってかまわない、どうせ明日取り戻せるんだから、と言ってくる。嘘です。明日になっても取り戻せない。結局はインスピレーションより規律の問題なんです。

犠牲ね。うーん……はあ。でも書くことのためだけじゃない。ジャーナリストの仕事と、知的労働全般のせいでもある。(長い沈黙)。体を使うことに関しては、すごく後悔していることがたくさんあります。たとえば、私、泳げないんです(笑う)。泳ぎを教わらなかった。やってみたかったことがたくさんある。(長い沈黙)。泳ぐこと、テニスをすること、それも本気でね、週末の気晴らしとしてじゃなく。もっとそういう生活をしてみたかった。運転して、車で旅行するとか。書くことだけのせいだとは思わない。(長い沈黙)。ジャーナリストの仕事って、何時間も本を読んで、人と話して、映画を観て、レビューのことを考えての連続で、そういうのとまったく波長の違うことをたくさんやってみたかったなと思うんです。もっとサッカーの試合を観るとか、わからないけど。いろいろ。(長い沈黙)うん。そんなところです。

ディエゴ・カプソットはかつて、番組『Cha Cha Cha』(1992-1997)について訊かれた際にこう言いました。「テレビには即興にまつわる神話がある。俺たちが局に着いて、錠剤を二つキメて、適当なことをやってると思われてる。でもそれは違う。まあ、錠剤を二つキメてるのは本当だけど、即興はしてない。キメるのはむしろ収録の後だ」。別の視点から、ヘルツォークは、頭の中で考えていたものが編集段階だけでなく撮影そのものの最中に変異していくことがよくある、と語っていました。あなたが書いたもののうち、最終的に完成品として私たちが目にするものに実際どれくらい残っているんでしょう? 推敲の作業にはどれくらい細かいですか?

あまり残りません。パーセンテージで言うなら、50パーセントくらいかな。

たいてい、最初に書く核となる場面が三つか四つあって、それはだいたい残ります。これはちょっとフェティッシュな問題で、何かの理由でそれを削ったり外したりしなきゃいけなくなると、なかなかできなくて、最後まで残る部類になる。そういう場面は建物の土台みたいなものなんです。最後まで残るか、あるいはその周りを書いていく場面で、最終的には外すこともあるけど、何らかの理由でそこになきゃいけなかったもの。

削ります、ええ、たくさん。たくさん削る。私はすごく……長く書くタイプなんです。理解するためには、ものすごい量の情報と展開を書かなきゃいけない。私の初稿を見たら全部そこにあります。脱線だらけで、細部だらけで、描写だらけ。言うなれば、すごくバロック的な文章。それをあとから削っていく。引き出しから全部出さないといけないんです。スプーン七本、ナイフ五本、必要になるもの全部。それを語って、数え上げて、初稿で目録を作って、それから削っていく。

推敲は細かくないです。最初はかなり乱暴。まずは片付けて、片付けて、それでもかなりごてごてしたまま残るんだけど、私はごてごてした文章が好きなんです。ドノソが好きだし、ムヒカ・ライネスが好きだし、南部ゴシックの作家たちが好き。

たとえば「氷山」で書かれた初稿なんて、私には理解できない(笑いながら。アーネスト・ヘミングウェイの「氷山理論」のことだ)。

創作のプロセスを、リサーチ、執筆、推敲の三つに分けるとしましょう。どれがいちばん好きで、どれがいちばん嫌いですか? その理由は?

変わっていくんです。いまいちばん好きなのは推敲の段階。座って「よし、はっきり見てみよう、何が機能して何が機能してないか見てみよう」って言う。うまくいかなくても怖くない。うまくいくと思ってるっていう傲慢な意味じゃなくて、うまくいかなかったときに、それを手放したり、変えたり、手を入れたり、うまくいくように試したりする心の余裕があるってこと。うまくいかなくても前ほど落ち込まない。前ほどがっかりしない。

執筆は、いま、今日の時点では二番目。リサーチとセットだけど。執筆のほうが冒険的だけど、同時に消耗も激しい。正直、三つとも大好きです。

ただ、推敲にはゴールにたどり着く快楽があるんです。もう書き上がってる。別のフェーズなんです。

若い書き手にも、そう若くない書き手にも、ある怪物が存在します。突然の「インスピレーション」の欠如、そして白紙。このテーマについてあなたに訊けることはほとんどないと思います。何しろ書くのを止めないから。そういう不調を抱えている若い書き手に、何か言えることはありますか?

私には「白紙」はないんです。インスピレーションが足りないとか、言うことがないとかじゃなくて、むしろ疲れてたり、別のことをしたかったり、書くことの楽しさや気持ちよさともう一度出会い直すために時間を取らなきゃいけなかったりするだけ。

アドバイスみたいなものを、ものすごくカッコ付きで言うとすれば、自分に起きていること、自分の中で「詰まりがとれる」仕組みを共有することはできます。私の場合、詰まりがとれるのはいつも、人生と関わることよりも、読書や音楽と関わることを通じてで、その空白を開ける鍵を探そうとするんです。熱意や声をもう一度見つける、でも他人の声の中に。だから詩が好きなんです。

いちばん役に立つのは、その奇妙なかたちの助けの求め方です。

いま世界規模で浴びている強烈な注目に、少し怖気づいたり、もう二度と的を射られないかもしれないと感じたりしますか? それとも、作品を生み出し続けるエネルギーをむしろ新たにしてくれていますか?

強烈だと思う? 私はそこまで感じてないんです。内側と外側では感じ方が違う。正直、何が起きたのかよくわからない。前より見られてる感じはします。「ああ、本が出たらもっといろいろ言われるんだろうな」って。不思議なのは、ほとんど痛くないこと、強度が低いこと。どう説明したらいいかな。そこにあるんだけど、重たいものとしてじゃなく、すごく軽いものとして感じてる。すごく存在感はあるけど、すごく軽い。

私の場合、詰まりがとれるのはいつも、人生と関わることよりも、読書や音楽と関わることを通じてで、その空白を開ける鍵を探そうとするんです。

『陰気な人々のための日の当たる場所』が出たとき、世間が(世間って、知らないけど、世間が誰なのかもわからないけど、カッコ付きで、云々)「さて、今度は何を引っさげて戻ってくるのかな?」みたいな感じになった時期があったんです。あの本はかなり叩かれました。私はあまり読まないけど、人から聞くので。もう前と同じレベルじゃない、みたいなことを言われたし、「外国向けに」書いてる、って言う人もたくさんいた。作中で、ある通りが「オンセにある」って説明してたから(笑う)。全部すごくヒステリック。

それで「過大評価」とかそういう話が始まった。それには私もちょっと同意してるんです。私がやってることってすごく露出してるなと自分でも思うし、私と話したがる人たちの必死さとか、報道とか、映画化されたものがいくつかあることとかにも気づいてる。私が私じゃなかったら、私だって自分にちょっとうんざりしてると思う(笑う)。他のアーティストでそうなると、私もそう思うもの。「どこにでも出てくる、もう顔も見たくない」って。理解できないわけじゃない。だからって腹が立たないわけじゃないし、「過大評価だ」とか「もう無理、どこにでもいる」とか言われてエゴが傷ついて、ちょっと嫌な気分にならないわけでもない。まあね。彼らの言うとおりで、私だって同じこと思うだろうし。

今のところ、それにいま取り組んでいることに関して、こういう状況がそこまで邪魔になってるとは感じません。でも、なんでそう思うかわかる? 年を取ってるからです。本格的に注目されるようになったのはパンデミックの後。そもそもブレイクするには変なタイミングで、私は被害妄想気味で、世界は狂ってて、という状態だった。それで本格的に始まったのが、まあ2022年あたり(ファンアートとか、映画とか、ララインが声をかけてきたりとか、なんとか賞とか)で、そのとき私はもう50歳近かった。それに言わせてもらえば、『わたしたちが火の中で失くしたもの』が出た2016年、これが別格の発信力を持つアナグラマ社から出た最初の本なんだけど、そのとき私はもう42歳だった。大人だったんです。そしてその大人になる前は、華やかさのかけらもなく働きづめだった。それで見方がすごく変わるんです。舞い上がらないから、というだけじゃなくて、だって舞い上がるのは何歳でもありうるから、そうじゃなくて、長いあいだそれが自分の生き方じゃなかったから。だから私がそれに慣れるまでには、まだまだ時間がかかると思う。

書こうとする人間はみんな盗みます。あなたはどこから盗んでいますか? 盗むことはなぜ大事なんでしょう?

私が盗むのは何より音楽から、歌詞から。そう、それ。音楽という世界、歌詞、物語。それが第一の場所。それから好きな本からもたくさん盗みます。この段階になると、自分自身からも盗んでると思う。

盗むのは大事、でも出典を示すことも大事。自分の持ってるものが自分だけのものだとか、何の影響も受けてないとか、他人より面白いとか思わないこと。あなたはあらゆるものとつながってる。そうなるのは避けられない。だから、それが自分の作品の中ではっきりしないとしたら、そのほうが変です。

私が盗むのは何より音楽から、歌詞から。そう、それ。音楽という世界、歌詞、物語。それが第一の場所。

オリジナリティへの執着って、本当に狂気の沙汰です。何かしらの才能があれば、大した才能じゃなくても、とにかく才能があって、何かしらの個性があれば、それは出てくるし、何にも似ないはず。だってあなたは誰にも似てないんだから。もうバカなこと言ってる気がする(笑う)。

(数分間の間が空く。オーストラリアの自宅から写真が何枚か送られてくる)

映画を三本。アルバムを三枚。

『マルホランド・ドライブ』、デヴィッド・リンチ。『ベルベット・ゴールドマイン』、トッド・ヘインズ。それから……古典でいきましょう。『マイ・プライベート・アイダホ』、ガス・ヴァン・サント。

アルバム三枚なんて恐ろしく残酷だけど、やってみましょう。ニック・ケイヴ・アンド・ザ・バッド・シーズの『Live Seeds』。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコのバナナのやつ。三枚目。難しい。無理。もうひとつ古典でいきます。ストーンズの『メイン・ストリートのならず者』。

書き始めたいと思ったら、何をすればいいですか? なぜ思い切ってやるべきなんでしょう?

なぜ思い切ってやるべきか、って変な質問ですね。何かしらリスクがあるってことが前提になってるから。自分がなぜ書き始めたのか考えてるんだけど。書き始めたとき、私は何もできなかった。何も。料理もできないし、運転もできないし、絵も描けない。ギターを弾こうとしたこともあったけど、うまくいかなかった。たぶん世の中には、自分が得意だと思えることが何もなくても、頭で考えたり心で感じたりしたことをぶちまける場所がどこにもなくても、平気で生きていける人もいるんでしょう(長い間が空く)。でも、私は無理。

いま窓から、ある人を見てるんです。隣の庭で植物の手入れをしてる。それで思うの。あの人はまず、私にはできなくて、すごく時間のかかることをやっていて、たぶんそこに、言葉にできないもの、自分自身との、あるいは話し相手が何であれ、その相手との終わらない会話にまつわるものを全部注いでるんだろうなって。

私はそれを、書くことに注ぐ必要があったんです。

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